東京高等裁判所 昭和36年(ナ)2号 判決 1962年11月14日
原告 石毛慶次郎 外一三名
被告 東京都選挙管理委員会
補助参加人 川口清治郎
主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用および補助参加人の参加によつて生じた費用は上告によつて生じた費用をも含めて、すべて原告らの連帯負担とする。
事実
第一、原告ら訴訟代理人は、「昭和三四年四月二三日執行の東京都議会議員選挙の葛飾区選挙における当選の効力に関する原告らの異議申立につき、被告が昭和三四年八月一四日これを棄却した決定を取り消す。右選挙における当選人川口清治郎の当選を無効とする。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、つぎのとおり述べた。
一、原告らは昭和三四年四月二三日執行の東京都議会議員選挙の葛飾区における選挙人である。東京都葛飾区の選挙会(選挙長吉田藤吾)は開票の結果、候補者補助参加人川口清治郎は得票数一七、九二二票で最下位当選者、候補者訴外長瀬健太郎は得票数一七、九一八票で最高位落選者と決定した。原告らは右当選の効力につき昭和三四年四月二三日被告に対し異議の申立をしたところ、被告は同年八月一四日補助参加人の得票数は、一七、九三二票、長瀬健太郎の得票数は一七、九二六票となるから右選挙会決定の当選者には異動はないとの理由により原告らの異議申立を棄却する旨の決定をなし、原告らはその決定書の送付を受けた。
二、しかし、つぎに述べるとおり、被告が無効とした投票中には、長瀬健太郎に対する有効投票とすべきものがあり、また、補助参加人に対する有効投票としたものの中には無効とすべきものがあり、被告の判定には誤りがある。
(一)、本件選挙において被告が無効投票と決定したものの中には左記各投票(以下各投票につき、すべて別紙目録記載の番号(検証調書添付写真番号と一致)のみをもつて示す)が存するが、これらはいずれも長瀬健太郎に対する有効投票とせらるべきである。
(1)、15、94、108は、いずれも「ナガセ」と音感の類似に基づく覚え違いによる誤記であるから、長瀬健太郎に対する有効投票とすべきである。
(2)、16は、由来日本人は冒頭に「一……」と記載する慣習があるところ、右慣習に従い選挙人がこれを記載したものであるから、他事記載と目すべきものではなく、長瀬健太郎に対する有効投票と認めるべきである。
(3)、17、18、91は、長瀬健太郎を覚え違いして誤記したものであり、とくに18、91は名において一致しているから、同人に対する有効投票となすべきものである。
(4)、82は、不用意に( )を付したもので、有意の他事記載とは認められないから、長瀬健太郎に対する有効投票とすべきである。
(5)、83は、文字を書くことに不訓れな選挙人が書いたもので、「長瀬」と判読でき、名は略記したものであるから、長瀬健太郎に対する有効投票となすべきものである。
(6)、84、86は、「長瀬」と音感の類似に基づく覚え違いによる誤記であるから、長瀬健太郎に対する有効投票と認めるべきである。
(7)、85は、「ナガセ」の「ガ」の「ノ」および「セ」の「し」をいずれも不用意に書き落したものであるから長瀬健太郎に対する有効投票とすべきである。
(8)、89、90は、「長瀬」、「ナガセ」の音感等の類似に基づく覚え違いによる誤記であり、なお長瀬の妻は既に死亡し、同人には一七年余も連れ添つて来た「永井ハツ」という女性がおり、同人は長瀬の選挙運動に献身してきた関係から、選挙人が「長瀬」、「ナガセ」を「長井」、「ナガイ」と覚え違いして誤記したものと認められるから、長瀬に対する有効投票と解すべきものである。
(9)、100、155は、候補者氏名欄に長瀬健太郎と記載されているから、同人に対する有効投票と認めるべきである。なお、投票用紙の表面に本件選挙と同時に執行された東京都知事選挙の候補者東竜太郎の氏名が記載されているが、これは選挙人が右記載の抹消を失念したものとみられるから他事記載ではない。なお最高裁判所判決は100を有効投票としている。
(10)、135は、字を書くことに不馴れな選挙人が「ガ」「ケ」の二字を稍々不明瞭に書いたものと設められるが、全体として「ナガセケンタロウ」と判断できるので、候補者長瀬健太郎の有効投票とすべきである。なお投票用紙の裏面欄外の記載は、本件選挙と同時に執行された東京都知事選挙の候補者東竜太郎の氏名を誤つて記載し、後から気が付いたが抹消するのを不用意に失念したものと認められる。最高裁判所判決が100を有効投票とした趣旨からしても135は、長瀬に対する有効投票と認めるべきである。
(11)、129ないし134、136、137、139、159ないし162は、候補者氏名の記載欄に、候補者長瀬健太郎の氏名または氏と、本件選挙と同時に執行された東京都知事選挙の候補者東竜太郎の氏名もしくは氏または右選挙の候補者有田八郎の氏が併記されているものであるが、これらは選挙人が東京都知事選挙の投票用紙を間違えて混同し、本投票用紙に右候補者東竜太郎の氏名もしくは氏または右候補者有田八郎の氏を記載し、更に本件選挙の候補者長瀬健太郎の氏名または氏を正記した上、東竜太郎の氏名または有田八郎の氏を抹消することを不用意に失念したものと認められ、選挙人は本件選挙において明らかに東京都議会議員としては候補者長瀬健太郎に投票しようとした意思が認められるから、これらはすべて候補者長瀬健太郎の有効投票とすべきである。
(12)、127、128、138は、投票用紙の表面に候補者長瀬健太郎の氏名または氏と、本件選挙と同時に執行された東京都知事選挙の候補者東竜太郎の氏名または氏が併記されているものであるところ、これらは投票に不馴れな選挙人が当初東京都知事としては、候補者東竜太郎に東京都議会議員としては候補者長瀬健太郎にそれぞれ投票する意思をもつていて、右東京都知事選挙の投票用紙を間違え混同し、本投票用紙のしかも表面に右候補者東竜太郎の氏名または氏を記載し、更に本件選挙の候補者長瀬健太郎の氏名または氏を記載した上、東竜太郎の氏名または氏を抹消するのを不用意に失念したものと認められ、選挙人は本件選挙において明らかに東京都議会議員としては候補者長瀬健太郎に投票しようとした意思が認められるから、これらはいずれも候補者長瀬健太郎の有効投票とすべきである。
(二)、本件選挙において被告が補助参加人に対する有効投票と決定したものの中には左記各投票が存在するが、これらはいずれも無効投票とせらるべきである。
(1)、4は、候補者以外の他事を記載したものであるから無効投票とすべきである。
(2)、5は、「川口」とは判読できず、単なる記号、符号の類又は雑事を不真面目に記載したものと認められるから無効投票となすべきである。
(3)、6、8、12はいずれも「川口」とは判読できず、雑事を記載したものであるから無効投票と認めるべきである。
(4)、7、9、10、11、13、36は、いずれも「川口清治郎」を記載したものとはみえず、候補者でない者の氏名を記載したものであるから、無効投票と判定すべきである。
(5)、14、37ないし47は候補者川口清治郎の氏「川口」と、候補者青島清一の名「清一」とを混記したものである。候補者川口清治郎は新小岩方面の素封家であつて、社会党に所属する青年政治家であるが、候補者青島清一も教育家として長年葛飾区内の公立学校に奉職し、中学校および高等学校の校長としてその教え子数万と称せられる篤望家であつて、いずれも葛飾区内においてその氏名が喧伝せられているものである。かかる客観的事実のもとにおいて選挙人が候補者「川口清治郎」の名を覚え違いして「清一」と誤記したものとは断じて認められないところである。これらの投票について選挙人の主観的立場から見れば、候補者川口清治郎のために投票すべきか、または、候補者青島清一のために投票すべきかに迷つた結果、両候補者を合一して候補者川口清治郎の氏「川口」と候補者青島清一の名「清一」を混記したものと推断されるところであり、これらの投票を客観的に見れば、その氏または名のいずれかをもつて他より重しとする根拠なく、これら投票の記載が候補者川口清治郎を志向しているか、または候補者青島清一を志向しているか判別することができないのである。44、45については、選挙人がそれぞれ「川口清治」「川口清次郎」と候補者川口清治郎に最も近似した記載をしていながらそれぞれ「治」および「次郎」を抹消して「一」と訂正したものであつて到底誤記とは認められない。本件選挙における無効投票中には「青島清治郎」と記載された投票が存在するが右投票は候補者青島清一の氏「青島」と候補者川口清治郎の名「清治郎」とを混記したものであつて、本件選挙における候補者中いずれの候補者を志向しているか明白でないため被告において原告らの異議申立にもとずく投票審査の結果、これを無効投票と認定したのである。したがつて被告が「青島清治郎」と記載された右投票を無効と認定したにも拘らず「川口清一」と記載された投票を候補者川口清治郎の有効投票と認定したことは、解釈ないし判断の統一を欠き甚だしく失当である。なお被告は「山田清治郎」「川口秀厚」「川口治三郎」と記載された投票をいずれも無効としているのである。これを要するに14、37ないし47はいずれの候補者に投票したか判別できないものとして無効とすべきものである。
(6)、106は、他の用紙に右書きしたものを投票用紙にすり写したものであり、かりに自書したものであるとしても、かかる記載は日本文字によるものではなく、単なる記号符号或いは雑事を記載したものというべく、かりにそうでないとしても、右記載は達筆であり、右のような達筆の投票者が左書きとするのは不真面目記載であるから、いずれの点よりしても無効と認めるべきである。
(7)、101、107は他事記載と認められるから無効投票とすべきである。
三、以上のとおりで、これを計算すると、長瀬健太郎の得票数は一七、九五九票、補助参加人の得票数は、一七、九〇六票となり、長瀬の得票数が補助参加人のそれより五三票だけ多くなることは計数上明らかであるから、長瀬健太郎が本件選挙における最下位当選者となるべきところ、補助参加人を最下位当選者とした葛飾区選挙会の決定は誤りであり、これに対する原告らの異議申立を棄却した被告の決定は違法として取消を免れない。
四、補助参加人の主張に対し、つぎのとおり主張した。
(一)、補助参加人の訴訟行為は、被告のそれに牴触する範囲内では効力を生じ得ない。ところで、本件訴訟の前提である原告らの異議申立を棄却した被告の前記決定は、その理由において候補者たる長瀬健太郎および補助参加人の各有効投票ならびに無効投票から抽出した疑問票一二二票のうち長瀬の有効投票としたもの五一票、補助参加人の有効投票としたもの二六票、残四五票は無効投票と認定しており、被告は、本件訴訟において右認定を維持し、これを主張しているのである。したがつて被告の右認定および主張に牴触する補助参加人の主張はこれを許されないものというべく、またかかる主張はなんらの効力を生じ得ないものというべきである。
(二)、右主張が理由がないとしても、以下述べるところにより、補助参加人の主張は理由がない。
(1)、1、73ないし75、80、81、95、98、99、103ないし105、124は、いずれも「川口」または「川口清治郎」とは類似性がないから、候補者以外の者を記載したものとして無効である。
(2)、2、72、102は、いずれも他事を記載したものとして無効である。
(3)、3、76は、いずれも「川口」と判断できず、単なる記号、符号または雑事を記載したものとして無効である。
(4)、61ないし71、96はいずれも明瞭に「山口」と記載されており、また本件選挙の葛飾区内における立候補者中に山田秀厚がおることからしても、候補者でない者の氏を記載したものとして無効である。
(5)、77は、川口清治郎と前記山田秀厚との混記であるから無効である。
(6)、78、79、92は、本件選挙の葛飾区選挙区における立候補者中には村田宇之吉および前記山田秀厚がおるから、これと川口清治郎との混記かまたは候補者以外の氏を記載したものとして無効である。
(7)、87、88は、いずれも川口清治郎に対するものとは判読できないから、雑事または他事記載として無効である。
(8)、97は、川口清治郎と本件選挙の葛飾区選挙区における立候補者石井治三郎と混記であるから無効である。
(9)、125は、いかにしても「川口清治郎」とは判読できないもので、選挙人が候補者川口清治郎のために投票しようとした意思は認められないから、いわゆる雑事記載として無効投票である。
(10)、126は、投票用紙の表面に「」と記載されているのみで、候補者氏名の記載欄が白紙であるから白紙投票とすべきであり、かりに白紙投票でないとしても、右記載のみでは候補者川口清治郎のために投票しようとした意思は認められないから、いわゆる雑事記載として無効投票である。
(11)、157、158は、投票用紙の表面にそれぞれ「ヒグチ」「清太郎」と記載されているのみで、候補者氏名の記載欄がいずれも白紙であるから白紙投票とすべきであり、かりに白紙投票でないとしても右記載は「川口」または「清治郎」とは判読できず、選挙人が候補者川口清治郎のために投票しようとした意思は認められないから、これらは、候補者以外の氏名を記載したものとして無効投票である。
(12)、156は、候補者氏名の記載欄に記載された「川口」は候補者川口清治郎の氏に判断できないこともないが、投票用紙の表面に「アリタ」と記載されているのみならず、候補者氏名の記載欄に「」と記載されており、いわゆる他事記載あるものとして無効投票である。
(13)、140ないし142、144ないし154は、候補者氏名の記載欄に候補者川口清治郎の氏名または氏と、本件選挙と同時に執行された東京都知事選挙の候補者有田八郎の氏名もしくは氏または候補者東竜太郎の氏名もしくは氏が併記されており、本件選挙の候補者以外の者の氏名または氏が記載されているので、他事記載のあるものとして無効投票である。
(14)、143は、投票用紙の表面に候補者川口清治郎の氏と、本件選挙と同時に執行された東京都知事選挙の候補者有田八郎の氏が併記されているので、白紙投票ないし他事記載として無効投票である。
(15)、19、20ないし31、35、49ないし51、54ないし56、60、112、113、117、118はいずれも文字を書くことに不馴れな選挙人が「ナガセ」と記載しようとしてこれを誤記したものであるから、長瀬健太郎に対する有効投票である。
(16)、32は、文字を書くことに不馴れな選挙人が「長瀬」を誤記したものであるから、同人に対する有効投票である。
(17)、33、58は、いずれも本件選挙と同時に執行された東京都知事選挙の立候補者東竜太郎の名を「健太郎」と覚え違いして誤記したものであるから、長瀬健太郎の有効投票とするに妨げない。
(18)、48は、「長」の字の上半分「」が薄く書かれた跡が見受けられるから、長瀬健太郎に対する有効投票である。
(19)、52は、本件選挙における候補者中、その氏名の中に「長」の字を持つ者は長瀬健太郎以外にはないから、同人に対する有効投票である。
(20)、53は、文字を書くことに不馴れな選挙人が長瀬健太郎に投票しようとして、その氏を片仮名で書き、続いてその名を「ケン」と書こうとして書き得ないで誤記したものと認められるから、同人に対する有効投票である。
(21)、57は、「長瀬健太郎」の氏を誤記したもので、名は「けん太郎」と判読できるから同人に対する有効投票である。
(22)、109は、音感の類似から氏を誤記したものであるから長瀬健太郎に対する有効投票である。なお、同人には一七年余連れ添つてきた「永井ハツ」という女性があり、選挙運動に献身してきたものであるから、選挙人が「長瀬」を「永井」と覚え違えて誤記したものと認められること前記のとおりである。
(23)、111は、文字を書くことに不馴れな選挙人がその名を略記したものであるから、長瀬健太郎に対する有効投票である。
(24)、34、115は、34はその名のうち「け」を「ち」と書き間違え、「う」を落したものであり、また115は、その氏を音感の類似から覚え違いして誤記し、その名の「ウ」を不用意に落したものと認められるから、いずれも長瀬健太郎に対する有効投票である。
(25)、116は、その名を選挙人が自己流に崩して記載したものと認められるから長瀬健太郎に対する有効投票である。
第二、被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、つぎのとおり答弁した。
一、原告ら主張の請求原因事実中その一は認める。その二については、本件選挙において原告ら主張のような投票のあつたこと、青島清一の経歴、補助参加人が社会党に属することを認め、その余の事実はこれを争う。
二、原告らが候補者長瀬健太郎に対する有効投票とすべきものと主張する左記投票に対し、被告はつぎのとおり無効を主張する。
(1)、16は、通常人の氏名を記載する場合冒頭に「一、」と記載することはないから、これは他事記載である。
(2)、17、18、91は、いずれも「長瀬健太郎」の誤記とは認められない。
(3)、82は、( )を不用意に記載したものとは認められないから有意の他事記載である。
(4)、83は、第二字以下を「瀬健太郎」とは判読できず、しかも右筆蹟は文字を書くことに不馴れな者が記載したものともみえないから候補者の何人を記載したか確認し難いものである。
(5)、127、128、138、129ないし134、136、137、139、159ないし162、135は、候補者の外他事を記載したものとして無効である。思うに、我が国の現行選挙制度においては、無記名投票主義とともに単記投票主義の原則を堅持しており(公職選挙法第四六条)、投票に記載できるのは候補者一人の氏名に限られている。したがつて二人以上の候補者の氏名を記載したものは勿論、候補者の外候補者でない者の氏名を併記したものは、それらが候補者氏名欄に記載されているか否かを問はずすべて無効であることは同法第四六条および第六八条に明定されているところであつて、従来より無効とされてきたところである。ただ本件上告審において候補者氏名欄に候補者の氏名を記載し、表面に他の選挙の候補者の氏名を誤つて記載した投票について、その記載を抹消し忘れたと認められ得るような特段の事情がある場合に有効とされた例があるが(100の投票)、これは極めて例外的なものであり、これをもつて一般的に適用すべき判例とすることはできない。ところでこれら一七票については、東竜太郎および有田八郎が本件選挙と同日に執行された都知事選挙に立候補したことは公知の事実であり、また、記載において同一記載欄または同一面に併記したもので、長瀬候補および東候補または有田候補の二人を共に投票したものと考えられるから本件上告審において有効とされた投票とはその態様が著しく異り、一方を消し忘れたものとは到底考えられず、これら一七票はいずれも長瀬候補の氏名と都知事選挙の候補者の氏名とを有意併記したものと認められ、誤認した都知事候補者の氏名の抹消をし忘れたものとは認められないのである。
三、原告らが補助参加人に帰属する投票と認定できないと主張する左記投票に対し、被告はつぎのとおり有効であることを主張する。
(1)、4はその記載形態からみて「有田八郎」を消し忘れたものと認めるべきであるから、有意の他事記載ではない。
(2)、6、8は、文字に不馴れな選挙人が誤記したもので、川口候補に対する有効投票である。
(3)、7、10、11、13、36は、音感または字形等の類似にもとづく覚え違いによる誤記で川口清治郎に対する投票と解すべきである。
(4)、9は、文字に不馴れな選挙人が記載したもので、氏を逆書きし、名は次郎と判読できるから、川口清治郎に対する有効投票と認められる。
(5)、12は、文字に習熟しない選挙人が「川」一文字では「かわ」の音を表示し得ないものと思い「わ」の送り仮名を付したものと認められるから有意の他事記載ではなく、また右仮名はその筆蹟、形態から「口」を誤記したものとも認められるから、川口候補に対する投票である。
(6)、106は、文字を左書きして自書したものであるから、川口候補に対する有効投票である。
(7)、14、37ないし47は、いずれも川口清治郎に対する有効投票と判定すべきである。即ち、立候補制度をとる現行選挙法の下においては、選挙人は候補者中の何人かに投票したものと推定すべきものであるから、諸般の状況から当該候補者に投票する意思で記載したものと認められる限り、該候補者の有効投票と解すべきである。そして甲候補者の氏と乙候補者の名を記載した投票があつた場合この投票が有効となるか無効であるかは、氏名を一体的に考えて判断しなければならない。即ち甲候補の氏と乙候補の氏が近似性を有し、かつ名も相互に近似性を有する場合は候補者の何人を記載したかを確認し難いものとして無効と解せられる。しかし甲候補者の氏と乙候補者の氏が何ら近似性がなく、名において近似性を有する場合に、甲候補者の氏が正確に記載され、その下に記載された名が不正確であつても、甲候補者の名を表示しているものと認められるときは、たまたまその名が乙候補者の名と一致したとしても、特段の事情のない限り甲乙候補者の混記投票として無効とすべきではない。本件川口清治郎、青島清一両候補についてみるに、氏においては全く近似性なく、反面名においては近似性があり誤り易いのである。ところで本投票は氏において候補者川口清治郎と合致し、かつ名の核心をなす「清」において同候補と一致しているから、川口清治郎の誤記と認めるを相当とし、右川口候補に対する有効投票と認めるのが妥当である。更にこのことは、右投票はすべて第一開票区に存在しているところ、川口候補の住所は第一開票区にあり、その得票は殆んどが第一開票区(第一開票区一四、二七〇票、第二開票区三、六五二票)に存在するに反し、青島候補の得票は、その大部分が第二開票区(第一開票区一、六四二票、第二開票区二、三八七票)に存することからみても明らかである。なお、44、45の各訂正は誤記によるものである。
(8)、101、107は、いずれも有意の他事記載と目すべきものではない。
第三、補助参加人訴訟代理人は、つぎのとおり原告らの主張の理由のないことを陳述した。
一 投票の有効、無効に関する主張は、法律上の見解であつて事実に関する主張ではない。したがつて補助参加人が被参加人たる被告の投票に関する有効、無効の主張に反し、独自の見解をもつてこれを主張したからといつて、原告らの異議申立を却下した被告の原決定を維持する目的に副う以上、補助参加人の訴訟行為は有効である。しかも、本訴において、被告は補助参加人の主張に対し決して積極的に反対の陳述をしていない。よつてこの点に関する原告らの主張は理由がない。
二 本件選挙において被告が無効投票と決定したものの中に左記各投票が存するがこれらはいずれも、補助参加人に対する有効とせらるべきである。なお、補助参加人が差戻前当審において補助参加人の有効票とすべきであると主張した投票中既に最高裁判所判決によつて無効と判断されたもの(1、73、74、75、80、81、95、98、99、103、104、105、124、2、3、76、61ないし71、96、77、78、79、92、88、97、120ないし123)については、右主張をしない。
(1) 72は、「川口」と濃く書いてあり、「口」に重つてその下に薄く「東」、それに続いて薄く「いた」とある。思うに投票者は、本投票用紙に同時に行われた都知事選挙候補者東竜太郎の氏名を「東いた」と書こうとしたが、用紙の誤りに気付き、その上に濃く「川口」と補助参加人の氏を決定的に書き直したものである。最初誤つて書き始めた「東いた」を抹消線で抹消して書改めればよいものを、投票用紙の中央に書いたし、かつ、幸いに極めて薄い字であるので、これを書き直す意味でその上に濃く「川口」と書いたものであるから補助参加人の有効投票である。
(2) 87は、その氏を「川口」と正記し、下三字を「ジラオ」と判読できるから「清治郎」を不完全に表示したものであつて、補助参加人に対する有効投票である。
(3) 93は、名は異るが補助参加人の氏を正記しているから、補助参加人に対する有効投票である。
(4) 102は、最高裁が既に有効と判示しているから当然に補助参加人の有効投票である。
(5) 125は、文字の殆んど書けない者が辛じて、補助参加人の氏名を片仮名でたどたどしく書いたものである。上四字は「カワクチ」と書こうとして最後の「チ」を「ニ」と誤記したもの、下二字は「シロ」即ち「セイシロ」のシロで補助参加人の名、清治郎を不完全に表示したものである。右投票が、補助参加人の氏名を不完全に表示したものであり同人に対する有効投票であることは疑問の余地がない。
(6) 126は、投票用紙の表面向つて左上部に「川」一字を記載したものである(その左側の汚点はクリツプの錆である)葛飾区の本件選挙の候補者氏名中「川」の字がつくものは補助参加人のほかには無く、右投票は補助参加人に投票する意思を表示したものであるから、当然補助参加人の有効投票である。
(7) 156は、投票用紙表面に「アリタ」氏名欄に、「川口」と記載されたものであるが、最高裁が投票用紙表面に「東竜太郎」、候補者氏名欄に「長瀬健太郎」と記載した投票100を候補者長瀬の有効投票と判示しているのであるから、これと同様に156は補助参加人に対する有効投票である。
(8) 157は、下二字は「グチ」と判然読まれるが、上一字は判然しない。しかし葛飾区の本件選挙候補者名中に「グチ」の発音を有する者は補助参加人川口のほかになく、右投票は補助参加人の氏を片仮名または漢字混りで記載しようとしたが、文字を書くことが不自由であるため、結局明確に書けたのは「グチ」だけとなり「川」または「カワ」は書くことができず、結局「」の記載となつたものと考うべきであるから、補助参加人の有効投票である。
(9) 158は、投票用紙表面に「清太郎」とのみ記載された投票であるが、葛飾区の本件選挙候補者中には「清太郎」の名を有する者は存在せず、候補者中、「健太郎」、「嘉太郎」の名を有する者は存するけれども、「清太郎」とは語感が遠く、これに比べて「清太郎」と「清治郎」は、語感が似ており、更に観念的には「清治郎」は「清次郎」に通じ、「太郎」「次郎」の連想上観念的にも極めて近似し、前記投票は補助参加人の名「清治郎」を誤記したものと考うべきであるから同人の有効投票である。
(10) 140ないし154は、いずれも候補者氏名欄或いは投票用紙表面に補助参加人の氏名または氏と、都知事候補者有田八郎または東竜太郎の氏名または氏を連記したものである。原告は右と同種の連記投票を候補者長瀬の有効投票と主張しているが、補助参加人の右主張票と、原告の右主張票とは全く同種の投票であるから、有効、無効の判定に当つては両者は全く運命を共にすべきものである。
三 本件選挙において被告が長瀬健太郎に対する有効投票としたものの中には左記各投票が存在するが、これらはいずれも無効投票とせらるべきである。
(1) 21、110、114は最高裁において既に無効と判示されたので当然に無効である。
(2) 24、55、49は、漢字で表示すれば、「永田」または「長田」である。長瀬と文字上多少近い点がないではないが、両者は発音全体として、また語感において、全く相違する。したがつてこれら投票が候補者長瀬を指示しているものとはいい得ない。本件において最高裁が「ナガイ」(90、110、114)「ながい」(21)、「長井」(89)を無効と判示したのに鑑みれば、24、55、49の各投票も当然無効とすべきものである。
(3) 113は、漢字で表示すれば「成瀬」であるが、発音全体において、また字形において長瀬(ながせ)と相違するからこれを無効とすべきである。最高裁が「成瀬」(86)を無効と判示したのに鑑みれば、113も当然無効とすべきである。なお、最高裁は「ヤナセ」(15、94、108)も無効と判示している。
(4) 19、51、29、54、60は、このうち前二票は、辛じて「ナセ」「なせ」と読まれるが、単に仮名二字を記載したのみでは未だ長瀬(ナガセ)を誤記したものとは断じ得ない。後三票にいたつては、文字の体をなしておらず、これを「ナセ」「なせ」と読むことはできないが、強いてこれを右のように読んでも未だ候補者長瀬を志向したものと断じ得ないこと右に述べたとおりである。これら各投票は、いずれも無効とすべきである。
(5) 20、23、25、26、27、30、31、35、50、56、22、28、112、117、118はいずれも「ナガセ」「ながせ」の誤記と速断することはできない。右投票の文字中には文字の体をなしていないものもある上に読めるものも、そのまゝ読めば、いずれも「長瀬」とは遥かに隔つた発音である。これを「ナガセ」「ながせ」と読むためにはいずれも字劃の加筆や文字訂正を行わなければならないが、もしかような加筆訂正を許すならば、23、31の如きは、僅かの加筆訂正で「サブロ」ともなり、本件選挙候補者中の水戸三郎の誤記とも考えられる。以上各投票は、いずれも候補者長瀬の有効投票とすることはできない。
(6) 32は、第二字が「尉」と記載したものと認められ、結局「永尉」即ち「永井」を表示したものとみられるから、候補者長瀬を誤記したのではなく、その第二号夫人「永井はつ」を表示したものとみるべきであり、したがつて無効投票である。
(7) 33、58は、いずれも同時に行われた都知事選挙候補者東竜太郎の名を明記してあるから二人以上の氏名を混記したものとして無効投票とすべきである。
(8) 34、57、115は、いずれも氏または名もしくはその双方とも候補者長瀬健太郎の氏名と異り、同候補者を指示したものと速断することを得ない。115は、その他最後に「」の他事記載がある。いずれも無効投票とすべきである。
(9) 48は、その第一文字を読むことができないから、他事記載あるものとして無効投票である。
(10) 52は、候補者長瀬健太郎の氏の上一字に該当し、本件選挙候補者中には氏名中に「長」の字を含む者はいないが、氏名中に「長」の字を含む者は世間に極めて多く、単に「長」の一字をもつて同候補者を志向したものと速断することはできないから無効とすべきである。
(11) 53、111、116は、いずれもその下半分が文字の体をなしておらず、判読不可能であり、「健太郎」を表示したものとは考えられないから他事記載とみるほかない。116は、強いて読めば「」即ち「長瀬はボス」の意味で書いたものと考えられ、53の下二字は「ハカ」とも判読せられ「長瀬バカ」の意味で書いたものとも考えられる。いずれにしてもこれら各投票を候補者長瀬健太郎の有効投票とすることはできない。
(12) 59は、長瀬候補に対するものとは認められないから、無効投票となすべきである。
(13) 109は、氏が「永井」であつて、「長瀬」と発音、字形ともに異る上に、候補者長瀬の選挙区内において著名な「永井はつ」なる人物がいること前記のとおりであるから、右投票は選挙人が揶喩的に右両者を組合せたものであつて無効投票とすべきである。
(14) 119は、長瀬候補に対するものとは認められないから無効投票とすべきである。
四 原告の主張(第一の二の(一)、(二))に対する弁駁としてつぎのとおり主張した。
(1) 15、94、108、89、90、84、85、86は、既に最高裁が無効と判示したから原告が今更これを有効と主張することは無意味であり、主張から除外すべきである。
(2) 16は、氏名の上に「一」の字を記載しているから他事記載あるものとして無効である。
(3) 82は、その( )が他事記載であるから無効である。
(4) 83は、最初の長の字を除いては判読できず、文字の態をなしていない。何人を記載したか不明、もしくは他事記載として無効である。
(5) 17、18、91は、その氏においていずれも長瀬と異り、語感、字形も全然似ていない。即ち18、91は氏の二字とも相違して氏に近似性全然なく、また、17は名においても相違する。長瀬健太郎の誤記とは到底考えられないから無効である。
(6) 4は、最高裁が100を候補者長瀬の有効投票と判示しているので当然に、補助参加人の有効投票とすべきである。
(7) 5は、「川口」と判読できるから補助参加人に対する有効投票である。
(8) 6は、「かわぐつ」と記載したものとみられるから補助参加人に対する有効投票である。
(9) 8は、第四字は「チ」の誤記とみられるから補助参加人に対する有効投票である。
(10) 12は、文字の殆んど書けない者が「川」の下に不要な「わ」を送り字したものと考えられまた第二字は「口」の字の不正確な記載とも考えられる。本件選挙候補者中に「川」の字を有する者は補助参加人以外にはないから、補助参加人に対する有効投票である。
(11) 7、10、11、13、36は、いずれも「川口清治郎」に近似しているから、これを誤記したものと考えられ、同人に対する有効投票である。
(12) 9は、氏は「川口」を逆に記載したもの、名は「次郎」と判読できるところ、補助参加人の氏名をよく記憶せず、文字の充分に書けない選挙人が補助参加人に投票しようとしてこれを誤記したものであるから、同人に対する有効投票である。
(13) 14、37ないし43、46、47は、いずれも補助参加人に投票しようとしてその名を誤記したものであり本件選挙の候補者中に青島清一がおつたとしても「川口」と「青島」とはなんら近似性がないのに対し「清治郎」と「清一」は極めて近似しているので、これらを補助参加人に対する有効投票とするになんら妨げないものというべきである。原告は44、45が補助参加人の名を「清治」「清次郎」と書きながらこれを抹消してわざわざ「清一」に訂正している点を捉え、混記の証左の如くいうが、右訂正こそ投票者が補助参加人の名の記憶が不正確で迷つた挙句補助参加人の名は「清一」の方が正しいと考え訂正した経過を如実に示しているもので、右訂正こそ補助参加人の名の誤記であることの証左というべきである。
(14) 101は、「有田八郎」を抹消線で抹消したが更に念を入れて「取消」と書き加えたものであるから他事記載ということはできず、補助参加人に対する有効投票である。
(15) 106は、自書に基づくものであり、かつ、左書文字も文字たるに妨げないから、補助参加人に対する有効投票である。
(16) 107は、名において、補助参加人の「郎」を書落したものであり、かつ、投票用紙表面の記載部分の抹消を忘れたに過ぎないから、補助参加人に対する有効投票である。
第四、当事者双方は、双方がその効力について主張する別紙目録記載番号、4ないし60、72、82ないし87、89ないし91、93、94、100ないし102、106ないし119、125ないし162の各投票(別紙目録記載の全投票から、補助参加人が差戻前当審において補助参加人の有効投票であると主張した投票中既に最高裁判所判決によつて無効と判断されたもの(第三の二冒頭参照)を除いたもの)以外の投票については争わないと述べた。
なお、本件訴については、当裁判所民事第一二部が昭和三五年四月一三日原告ら勝訴の判決を言渡し、これに対し被告および補助参加人が上告し、これに対し最高裁判所第一小法廷が昭和三六年九月一四日原判決を破棄し、本件を東京高等裁判所に差戻す旨の判決をしたので、再び当裁判所に繋属するに至つたものである。
第五、証拠<省略>
理由
第一、原告らが昭和三四年四月二三日執行された東京都議会議員選挙の葛飾区選挙区の選挙人であること、右選挙区選挙会の開票の結果原告ら主張のように補助参加人が最下位当選者、長瀬健太郎が最高位落選者と決定され、原告らがこれにつき被告に対し異議の申立をしたが、被告は同年八月一四日原告ら主張の理由でこれを棄却し、原告らはその決定書の交付を受けたこと、被告が無効投票と決定し、また補助参加人に対する有効投票と決定したもののうちに原告ら主張のような各投票の存在すること、被告が無効と決定し、また長瀬健太郎に対する有効投票と決定したもののうちに補助参加人主張のような各投票の存在すること、本件選挙の立候補者中に青島清一がおることおよびその経歴ならびに補助参加人が社会党に属することは、いずれも当事者間に争いなく、原告らが前記決定書の交付を受けた日から三〇日以内に本訴を提起したことは本件記録上明らかである。
つぎに、成立に争のない乙第一号証の一、二によると、本件都議会議員選挙の葛飾区選挙区における候補者は、水戸三郎、原田忠之輔、長瀬健太郎、村田宇之吉、石井治三郎、片山嘉太郎、宮沢道夫、青島清一、山田秀厚および川口清治郎即ち本件補助参加人の一〇名であり、開票の結果第一開票区において補助参加人の得票とされたものが一四、二七〇票、青島清一の得票とされたものが一、六四二票、第二開票区において補助参加人の得票とされたものが三、六五二票、青島清一の得票とされたものが二、三八七票であつたことがそれぞれ認められる。なお本件選挙と同時に東京都知事選挙が執行され、右選挙に東竜太郎、有田八郎が立候補したことは公知の事実である。
第二、原告らの主張について。
一 原告らは、本件選挙において被告が無効と決定した左記各投票は、長瀬健太郎に対する有効投票と認めるべきであると主張するので、差戻前および差戻後における各検証の結果ならびに前示認定の事実に照らし(但し(1)と(7)で説明のものを除く)右主張について判断する。
(1) 15、94、108、84、86、85、89、90、の各投票は、本件についての差戻前当審判決を破棄差戻した最高裁判所判決においていずれも無効と判断され、かつ、この判断が原判決破棄理由の一部となつていることは右最高裁判所判決の理由によつて明らかである。されば当裁判所は最高裁判所の示した右判断に覊束されるのであつて、当事者としても右判断に反する主張をすることは許されないものと解すべきである。したがつてこれら投票はいずれも無効とすべきである。
(2) 一、長瀬健太郎(16)と記載された投票は、その冒頭の「一、」が他事記載と認められるから無効投票と解すべきである。原告は、由来日本人は冒頭に「一、」と記載する慣習があり、右投票は選挙人が右慣習に従つてこれを記載したものであるから右「一、」を他事記載と目すべきではないと主張するが、金額や物件の記載に関してなら格別、氏名の記載に関する限り、我々日本人に右主張の如き慣習は存しないから右投票における「一、」は選挙人が不用意にこれを記載したものとは速断し難く、従つて原告の右主張は採用できない。
(3) 川瀬進太郎(17)と記載された投票は、氏と名ともに候補者長瀬健太郎とは相異しており、かつ明瞭に記載されていることからして、到底右候補者の氏名の覚え違いによつて誤記したものとみることはできない。したがつて右投票は候補者でない者の氏名を記載したものとして無効と解すべきである。
(4) 中沢健太郎(18)、宮崎健太郎(91)と記載された投票は、その名において候補者長瀬健太郎と一致しているけれども、いずれもその氏において発音、字形が右候補者と相異しており、かつ、明瞭に記載されていることからみて選挙人が右候補者の氏を覚え違いして誤記したものとは認められない。したがつて右二票は候補者でない者の氏名を記載したものとして無効と解すべきである。
(5) (長瀬)(82)と記載された投票は、候補者長瀬健太郎の氏の記載の上下に付した括弧が他事記載と認められるから無効と解すべきである。原告は右の括弧は選挙人が不用意にこれを付したもので有意の他事記載ではないから右投票を有効投票とすべきであると主張する。しかしながら氏名を記載する場合何らか特段の事情のない限りはかかる括弧を付さないのが通例であるから選挙人が前記括弧を不用意に記載したものとは速断できない。のみならず、前記括弧の存在は、長瀬候補を志向する選挙人の意思が充分に明確なものではなくて暫定的、仮定的なものであるかの感を与える。されば前記の括弧は、一面において右投票が何人のしたものであるかを他人に暗示するための符号ではないかとの疑いを生ぜしめ、他面において選挙人の意思を不明確ならしめるものというべきであるからこれを有意の他事記載と認むべきであり、従つて原告の右主張は採用できない。
(6) (83)と記載された投票は、第一字は「長」と明らかに記載してあるが第二字以下は、いかなる文字を記載したのか不明であり、しかも右筆蹟は必ずしも文字を書くことに不馴れな者が候補者長瀬健太郎に投票する意思をもつて自己流に略記したものとも認められないから、右投票は候補者の何人を記載したか確認し難いものとして、無効とすべきである。
(7) 候補者氏名欄に長瀬健太郎、投票用紙の表面に東竜太郎(100)と記載された投票につき、前記最高裁判決は、これを候補者長瀬健太郎に対する有効投票と判断しており、かつ、この判断が原判決破棄理由の一部となつていることは前記最高裁判所判決の理由によつて明らかである。されば当裁判所は、最高裁判所の示した右判断に覊束されるのである。したがつて右投票は候補者長瀬健太郎の有効投票と解しなければならない。
(8) 候補者氏名欄に長瀬健太郎、投票用紙の表面に東竜太郎(155)と記載された投票は、100の投票とその記載が全く同様のものである。即ち右投票は、本件選挙と同時に執行された東京都知事選挙の候補者東竜太郎の氏名をも投票用紙の表面に併せ表示しているが、都議会議員選挙用紙の候補者氏名欄に長瀬健太郎と明記されている以上選挙人は同候補に投票する意思をもつてこれを記載したものと認められ、表面の東竜太郎なる記載は選挙人が誤記したものであつてその抹消を不用意に失念したものと解するを相当とするからこれを他事記載と目すべきでない。右投票も(100)と同様、候補者長瀬健太郎の有効投票と認めるべきである。
(9) 候補者氏名欄に、その欄外にアマユウタロウ(135)と記載された投票は、候補者氏名欄の記載は、全体としてナガセケンタロウと判読できるが、その欄外の記載は、本件選挙と同時に執行された東京都知事選挙の候補者東竜太郎の氏名を片仮名で書こうとしてこれを不完全に記載したものと認められ、右欄外の記載は候補者の氏名でない他事を記載したものというべきであるから右投票は無効というべきである。右欄外の記載は100、155の投票における投票用紙表面の記載と異り、選挙人がこれを誤記してその抹消を不用意に失念したものと解するのは相当でないから、右投票をば100、155の投票を有効投票とする趣旨に鑑み候補者長瀬に対する有効投票と認めるべきであるという原告らの主張は採り得ない。
(10) 候補者氏名欄に(129)(130)あづまりゆたろう ナガセ(131)あづまさん 長瀬ケン太郎(132)(133)東 ながせ(134)東竜太郎 長瀬健太郎(136)ながせ 東(137)(139)有田 長瀬健太郎(159)(160)東 長瀬(161)長瀬ケンラう 東リうたろ(162)と併記された投票および投票用紙表面にアズマ ナガセ(127)アづマリゆた ナガせケシた(128)(138)と併記された投票は、候補者長瀬健太郎の氏名または氏と本件選挙と同時に執行された東京都知事選挙の候補者東竜太郎の氏名もしくは氏または右選挙における候補者有田八郎の氏とを完全にもしくは不完全に併記したものと認められ、右記載のうち東竜太郎の氏名もしくは氏または有田八郎の氏の記載は、所謂他事記載に該るからこれら投票はいずれも無効と解すべきである。原告らは、これら投票の記載中東竜太郎の氏名もしくは氏または有田八郎の氏の記載は、選挙人がこれを抹消するのを不用意に失念したものと主張するが、これらが候補者氏名欄もしくは投票用紙表面に長瀬健太郎の氏名もしくは氏と併記されている以上原告らの右主張は到底採ることはできない。
二 つぎに、原告らは本件選挙において被告が補助参加人に対する有効投票とした左記各投票は、無効とすべきであると主張するので前示証拠により(但し(2)で説明のものを除く)この点について判断する。
(1) 投票用紙の候補者氏名欄に「」、同用紙の表面に「」(4)と記載された投票は、前記一の(8)に説示したと同一の理由により補助参加人に対する有効投票と解すべきである。
(2) 5、9の投票は、前記最高裁判所判決において無効と判断されかつ、この判断が原判決破棄理由の一部となつていることは前記最高裁判所判決の理由によつて明らかである。されば当裁判所は最高裁判所が示した右判断に覊束されるのである。したがつて右各投票はいずれも無効投票としなければならない。
(3) (6)と記載された投票は、第一字は片仮名の「カ」を記載したもの、第二字は平仮名の「わ」の誤記、第三字は「ぐ」と明記、第四字は「ち」と書き得ないで「つ」と誤記したものと認められるから結局「」と判読できる。したがつて右投票は文字を書くことに不馴れな選挙人が補助参加人に投票する意思をもつてこれを記載したものと認めるを相当とし、原告ら主張のようにこれを目して雑事記載ということはできず右投票は補助参加人に対する有効投票というべきである。
(4) (8)と記載された投票は、第一字は片仮名の「カ」と明記し、第二字は「ワ」と書こうとして「ク」と誤記し、第三字は平仮名の「ぐ」を書こうとして「く」と誤記し、第四字は「チ」と書こうとして「」としたものと認められるから結局「」と判読できる。したがつて右投票は文字を書くことに不馴れな選挙人が補助参加人に投票する意思をもつてこれを記載したものと認めるを相当とし、原告ら主張のようにこれを目して他事記載ということはできず、右投票は補助参加人に対する有効投票というべきである。
(5) 川わ(12)と記載された投票は、選挙人が「川」の一字では「かわ」の音を表示し得ないものと思い違いし「わ」の送り仮名を付したものと認められ第二字を雑事記載とみるのは相当でない。しかして本件選挙の葛飾区選挙区での候補者中その氏名に「川」の字を有するものは、補助参加人以外にはないから、右投票は、補助参加人に対する有効投票と解すべきである。
(6) 山口清十郎(7)原口清次郎(10)山口政次郎(36)と記載された投票は、名の呼び方においては補助参加人のそれと同一もしくは類似しているが、氏においては字形、呼び方とも補助参加人のそれと異つているので選挙人が補助参加人に投票する意思をもつてこれを記載したものとは解し得ない。右各投票は候補者でない者の氏名を記載したものとして無効とすべきである。
(7) 川口正四郎(11)と記載された投票は、氏において補助参加人のそれと一致し、その名においても文字の一部及び発音において補助参加人のそれと類似しているから、補助参加人に投票する意思を有した選挙人がその名を誤記したものと認められる。したがつて右投票は補助参加人に対する有効投票と解すべきである。
(8) 皮口政治郎(13)の記載された投票は氏、名とも発音において補助参加人のそれと同一であり、氏、名の各第一字が文字の点で違うだけであるから、補助参加人に投票する意思を有した選挙人がその氏名を誤記したに過ぎないものと認められる。したがつて右投票は補助参加人に対する有効投票と解すべきである。
(9) 川口清一(14、37ないし43、46、47)(44)(45)と記載された投票は、氏においては候補者(補助参加人)川口清治郎のそれに一致し、名においては候補者青島清一のそれに一致しているので選挙人が右両候補者の氏と名を混記したものと考えられる。仮に混記したものでないとしても、右候補者中のいずれに投票したかを確認することは到底できない。従つて右投票はいずれも無効とすべきである。被告及び補助参加人は右投票記載の氏名を一体として見ると「青島清一」よりも「川口清治郎」により近似しているからこれを川口清治郎の誤記と認むべきであると主張するが、右投票の記載はこれを一体として観察しても右両候補の氏名のいずれにより近似しているかはにわかに断定し難いから右主張は採用できない。
(10) (101)と記載された投票は、投票に不馴れな選挙人が当初本件選挙と同時に執行された都知事選挙の投票用紙と思い違いし、その候補者有田八郎の氏名を記載したが、これが誤りに気付き、棒線をもつてこれを抹消し更に抹消の意を明らかにするため「取消」と記載し、改めて川口候補の氏名を記載したものと認められるから、これを有意の他事記載と目すべきではなく、また記載された名の一字「次」は「治」の誤記と認められるから、補助参加人の有効投票となすべきである。
(11) (106)と記載された投票は、その筆跡書体からみて、右書きしたものをすり写したものではなく、「川口清治郎」という文字を左り書きによつて自書したものであること明らかであるから、これを文字とみるに妨げなくこれをもつて単なる記号或いは雑事を記載したものとはいえないし、字体からみて不真面目記載とも認められない。右投票は、選挙人が補助参加人に投票する意思をもつて記載したもので、同人に対する有効投票と解すべきである。
(12) 候補者氏名欄に、投票用紙の表面に(107)と記載された投票は、その記載形態からみて、補助参加人に投票しようとした選挙人が、同人の名を不完全にしか覚えておらず、かつ投票に不馴れなため、誤つて投票用紙の二個所に右のように記載したものと認められ、また「、」の記載も不用意の間に付したもので、有意の他事記載とはみられないから右投票は補助参加人に対する有効投票と解すべきである。
第三、補助参加人の主張について。
一 原告らは、補助参加人の主張は、被告の訴訟行為に抵触する範囲においては無効であると主張する。しかし、当選訴訟における判決の効果は当然当選者に及ぶべく、当選者が補助参加をなした場合は、通常の補助参加と異り、講学上いわゆる共同訴訟的補助参加の性質を有するものと解するのが相当であるから、右補助参加人は必ずしも被参加人の主張の範囲内で被参加人を補助する地位にとゞまるものではなく、被参加人の訴訟行為と牴触する訴訟行為をも有効になし得るものというべきである。蓋しかかる補助参加人は、被参加人と相手方との判決によつて、その法律上の地位に直接影響を受けるべきものでありながら、法律上は当事者適格なく、自己の利益を防衛するにつき補助参加による外はないとされるのであるから、この種の補助参加人に対しては通常の補助参加の場合以上に強い訴訟追行権能を与えないと、その保護が充分でないからである。したがつて原告らの右主張は採用できない。
二 補助参加人は、本件選挙において被告が無効投票と決定した左記各投票は、補助参加人に対する有効投票と認めるべきであると主張するので、前示証拠により(但し(4)で説明のものを除く)この点を判断する。
(1) (72)と記載された投票は、これを仔細に点検すると、比較的薄い字で「ありた」と記載した上に濃い字で「川口」と記載したものと認められる。右「ありた」は選挙人が本件選挙と同時に行われた東京都知事選挙の候補者有田八郎の氏を記載したものと認められるが、これは他事記載に該るから右投票は無効というべきである。
(2) 川口じテオ(87)と記載された投票は、氏において川口と正記してあり、名は「じラオ」と判読でき「じラオ」は「治郎」と発音を同じくするから、右投票は補助参加人に投票しようとした選挙人が同人の名を誤つて不完全に記載したものとみるを相当とし、従つてこれを補助参加人に対する有効投票とすべきである。
(3) 川口秀厚(93)と記載された投票は、補助参加人の氏と本件選挙の葛飾区選挙区における候補者山田秀厚の名を混記したものと認められ、右いずれの候補者に投票したか判別できないから無効である。
(4) 102の投票につき、前記最高裁判所判決は、これを補助参加人に対する有効投票と判断しており、かつ、この判断が原判決破棄理由の一部となつていることは前記最高裁判所判決の理由によつて明らかである。されば当裁判所は最高裁判所の示した右判断に覊束されるから右投票は補助参加人の有効投票としなければならない。
(5) (125)と記載された投票は第一字は片仮名の「カ」、最後の二字は片仮名の「シロ」と判読できるがその他はいかなる文字を記載したのか不明であり、候補者の何人を記載したか確認し難いからこれを無効とすべきである。
(6) 投票用紙の表面に「」(126)と認められる投票は選挙人が「川」とのみを記載したもので、この文字の左上方の黒影は、その形状、色彩からみて選挙人が記載したものではなく、本件選挙前もしくは本件選挙後に投票用紙をはさんでいたクリツプの錆によつて生じたものと思われるから他事記載には該らない。しかして本件選挙の葛飾区選挙区での候補者中その氏名に「川」の字を有する者は補助参加人以外にはないから右投票は補助参加人に対する有効投票と解すべきである。
(7) 投票用紙の表面に「アリタ」、候補者氏名欄に「」(156)と記載された投票は、本件選挙と同時に執行された東京都知事選挙の候補者有田八郎の氏を片仮名で投票用紙表面に併せ表示しているが、都議会議員選挙用紙の候補者氏名欄に「川口」と明記されている以上選挙人は同候補に投票する意思をもつてこれを記載したものと認められ、表面の記載は選挙人が誤記したものであつてその抹消を不用意に失念したものと解するを相当とするからこれを他事記載と目すべきでない。また候補者氏名欄の「」は選挙人が誤記した文字を抹消したものと認められるからこれを他事記載といゝ得ないこと勿論である。したがつて右投票は補助参加人の有効投票と認められる。
(8) 「」(157)と記載された投票は下二字は「グチ」と明記されているが第一字はいかなる文字を記載したのか判読できず、結局右投票は候補者の何人を記載したか確認し難いから無効とすべきである。
(9) 投票用紙の表面に、清太郎(158)と記載された投票については、本件選挙の葛飾区における候補者中に長瀬健太郎、片山嘉太郎がいるから、これを選挙人が補助参加人に投票しようとしてその名を誤記したものとは断じ難く、結局右投票は候補者の何人を記載したか確認し難いものとして無効とすべきである。
(10) 候補者氏名欄に川口清治郎 有田八郎(140)(145)(149)(152)、有田八郎 川口(141)、カワグチ ありた(142)、有田八郎 川田清次郎(144)、東 川口(146)(148)、有田 川口(147)、東境太郎 川口清次郎(150)、川口清二郎 有田八郎(151)、川口 有田(153)、(154)と記載された投票および投票用紙表面に川口 有田(143)と記載された投票は、補助参加人の氏名または氏と本件選挙と同時に執行された東京都知事選挙の候補者有田八郎の氏名もしくは氏または右選挙の候補者東竜太郎の氏名もしくは氏とを完全にもしくは不完全に併記したものと認められ右記載のうち有田八郎の氏名もしくは氏または東竜太郎の氏名もしくは氏の記載は所謂他事記載に該るからこれら投票はいずれも無効と解すべきである。
三 補助参加人は、本件選挙において被告が長瀬健太郎に対する有効投票とした左記各投票は、無効であると主張するので前示証拠により(但し(1)で説明のものを除く)これについて判断する。
(1) 21、110、114の投票は、前記最高裁判所判決においていずれも無効と判断され、かつ、この判断が原判決破棄理由の一部となつていることは前記最高裁判所判決の理由によつて明らかである。されば当裁判所は最高裁判所の示した右判断に覊束されるから、これら投票はいずれも無効としなければならない。
(2) ながた(24)(55)、ナガタ(49)、なるせ(113)と記載された投票は、一部の音感が候補者長瀬のそれと共通するものゝあることは否み得ないが、両者の全体としての呼び方を対比して考量すれば両者は必ずしもたやすく混同して呼ばれ或は誤記され得るものとは考えられず、したがつて右投票の記載自体からは選挙人の意思が候補者長瀬健太郎を志向していることを明白に表示しているものということはできない。これら投票は候補者でない者の氏を記したかもしくは候補者の何人を記載したか確認し難いものとして無効である。
(3) ナセ(19)と記載された投票は、右記載自体からみて選挙人の意思が長瀬候補を志向していることを明示しているとはいゝ難く、右投票は候補者の何人を記載したか確認し難いものとして無効と解すべきである。
(4) (51)、(29)と記載された投票は、文字を書き馴れない選挙人が「なせ」「ナせ」と記載したものと判読できるが19の投票について説示したと同一の理由によりこれを無効とすべきである。
(5) (54)と記載された投票は、第二字がいかなる文字か不明であつて、候補者の何人を記載したか確認し難いから無効とすべきである。
(6) (60)と記載された投票は、第一字が漢字の「七」を記載したものか片仮名の「ナ」を左書きしたものかいずれかと思われるが、いずれにせよ右記載自体から選挙人の意思が長瀬候補を志向していることを明示しているとはいゝ難く、右投票は、候補者の何人を記載したか確認し難いものとして無効と解すべきである。
(7) ナガカ(20)、ナブカ(23)、(25)、(26)、ナガミ(27)、(30)、(31)、(35)、(50)、(22)、アカセ(28)、(112)、カガセ(117)、(118)と記載された投票は、いずれも文字を書くことに不馴れな選挙人のした投票と認められるが、これら投票の記載中には、如何なる文字か不明のものもあり、判読できるものでも、「ナガセ」もしくは「ながせ」を誤記したものとは断じ難く、これら投票の記載から、選挙人の意思が候補者長瀬健太郎を志向していること明白であるということはできない。これら投票はいずれも候補者の何人を記載したか確認し難いものとして無効とすべきである。
(8) (56)と記載された投票は、最初の二字は「ナガ」と明記されており第三字は筆勢、字形をみると片仮名の「セ」を記載したものと認められ、結局右投票の記載は「ナガセ」と判読できる。したがつてこれは候補者長瀬健太郎に対する有効投票となすべきである。
(9) (32)と記載された投票は、第二字が如何なる漢字を記載したものか不明であり、これを瀬(セ)と読むことはできず、右投票の記載から選挙人の意思が候補者長瀬健太郎を志向していること明白であるとは到底云い得ない。右投票は候補者の何びとを記載したか確認し難いものとして無効とすべきである。
(10) 長瀬竜太郎(33)、(58)と記載された投票は、その記載の全体から見て候補者長瀬健太郎に投票しようとした選挙人がその名を誤記したものと認められる。右記載の名が本件選挙と同時に執行された東京都知事選挙の候補者東竜太郎の名と一致していても、東京都議会議員選挙投票用紙に右のように明記されている以上これを長瀬健太郎の名を混記したものとみるべきではない。したがつて右投票はいずれも候補者長瀬健太郎に対する有効投票とすべきである。
(11) ながせちんたろ(34)と記載された投票は、その筆跡からみて、文字を書くことに不馴れな選挙人が長瀬健太郎に投票しようとして、その氏名を平仮名で書くに当り、その名冒頭の「け」を「ち」と誤記し、最後の「う」を不用意に書き落したものと認められるから候補者長瀬健太郎の有効投票と解すべきである。
(12) (57)と記載された投票は、末尾の文字は「郎」を間違つて書いたものと認められるので「長がのりん太郎」と判読されるが、これを長瀬健太郎と対比すると氏においても名においても呼び方が相異し、両者必ずしもたやすく混同して呼ばれ或は誤記され得るものとは考えられず、したがつて右投票の記載自体から選挙人の意思が候補者長瀬健太郎を志向していること明白であるとは到底いゝ得ない。右投票は候補者でない者の氏名を記載したかもしくは候補者の何人を記載したか確認し難いものとして無効とみるべきである。
(13) (115)と記載された投票は、上三字が発音において候補者長瀬健太郎の氏と近似性があり、かつ、下四字が「ケンタロ」と判読できるので、右記載の全体から見て右投票は同候補に投票しようとした選挙人がその氏名を片仮名で記載するに当りこれを誤記したものと認めるを相当とし、従つて右投票は候補者長瀬健太郎の有効投票と解すべきである。
(14) (48)と記載された投票は、これをよく点検すると、「長」の字の上半分である「」の部分が運筆の具合により薄く書かれた跡が認められ、「長瀬健太郎」と判読できるから、同人の有効投票とすべきである。
(15) 長(52)と記載された投票については、本件選挙の葛飾区選挙区での候補者中その氏名に「長」の字の付く者は候補者長瀬健太郎以外にはいないから右投票は同候補に対する有効投票とすべきである。
(16) (53)、(111)、(116)と記載された投票は、いずれも下半分が文字の体をなしておらず、如何なる文字を記載したのか判読できない。したがつてこれら投票の上半分を、ナカセ(53)、長瀬(111)、長セ(116)とそれぞれ判読できるとしても、これら投票の記載全体からみて、選挙人の意思が候補者長瀬健太郎を志向していることを明白に表示しているとはなし難い。これら投票はいずれも、候補者以外の者の氏名もしくは他事を記載したか或いは候補者の何人を記載したか確認し難いものとして無効とすべきである。
(17) 長瀬(59)と記載された投票は、本件選挙の葛飾区選挙区における候補者中、右氏に近似する者が「長瀬健太郎」以外に存在しないことからみて、同人に投票しようとした選挙人が「瀬」の「シ」を誤つて書き落したものと認めるを相当とし、従つて右投票は同人に対する有効投票と解すべきである。
(18) 永井健太郎(109)と記載された投票は、候補者長瀬健太郎と名においては一致しているが、氏においては字形、呼び方ともに相異しており、しかも右記載は明瞭になされているので「長瀬」を誤記したものとは速断できない。したがつて右記載自体から選挙人の意思が候補者長瀬健太郎を志向していることを明白に表示しているものということはできず、右投票は、候補者でない者の氏名を記載したものとして無効とすべきである。
(19) (119)と記載された投票は、文字を書くことに不馴れな選挙人が候補者長瀬健太郎に投票しようとして、氏において「な」の運筆を誤り、「せ」を書き落し、名において「けんたろう」の「ん」を書き落したものと認められ、全体として「ながせけんたろう」と判読できるから候補者長瀬健太郎に対する有効投票とすべきである。
第四、以上説示(丙第一ないし第一三号証をもつても以上の認定を左右するに足りない)したところにより候補者長瀬健太郎および補助参加人の得た各投票数を計算すると、長瀬健太郎の得票は、被告が前記決定で認めた票数に二票(100、155の二票)を加えたものから三二票(21、110、114、24、55、49、113、19、51、29、54、60、20、23、25、26、27、30、31、35、50、22、28、112、117、118、32、57、53、111、116、109の三二票)を減じた一七、八九六票となり、補助参加人の得票は、被告が前記決定で認めた票数に四票(87、102、126、156の四票)を加えたものから一七票(5、9、7、10、36、14、37ないし47の一七票)を減じた一七、九一九票となるから補助参加人をもつて最下位当選者、長瀬健太郎をもつて最高位落選者となすべく、したがつて原告らの異議申立を棄却した被告の前記決定は結局において正当であつて違法でないことになる。
第五、よつて原告の本訴請求はこれを棄却することゝし、訴訟費用(訴訟参加によつて生じた費用を含む)の負担につき民事訴訟法第九六条後段第八九条第九三条第一項第九四条後段を適用して主文のように判決する。
(裁判官 鈴木忠一 谷口茂栄 宮崎富哉)